暮らしと善の対話集

人間関係で本音を言うべきか 言わない方が「善」なのか

Tags: 人間関係, コミュニケーション, 本音, 倫理, 哲学対話

人間関係で生じる「本音」の葛藤

私たちは日々の人間関係の中で、自分の意見や感情をどこまで表現すべきか、あるいはどの程度抑えるべきか、という問いに直面することがあります。特に、相手との良好な関係を維持したい、あるいは対立を避けたいと願う時、本音を言うことにはためらいが生じやすいものです。

例えば、職場でチームの方針に疑問を感じた時、友人の言動に違和感を覚えた時、パートナーに対して不満を抱いた時など、心の中で「こうではないか」「こうした方が良いのではないか」あるいは「これは違う」と感じることがあります。その時、「この気持ちや意見を伝えたら、相手を傷つけるのではないか」「関係性が悪化するのではないか」といった懸念が頭をよぎります。結果として、自分の本音を心の中に留めておくことを選択する、という状況は少なくないでしょう。

本音を言わない選択 それは「善」か

人間関係の調和を重んじ、あえて本音を言わないという選択は、一見すると「波風を立てない穏便な態度」であり、関係性を守るための「善い」行いであるように見えます。しかし、本当にそうでしょうか。

例えば、カント的な義務論の視点から見れば、正直であることは一種の義務であり、内的な真実を偽ることは、例え結果として関係性が円滑に進むとしても、それ自体が道徳的な誤りであると考える向きもあります。常に真実を語るという原則を立てた場合、本音を抑える行為は、この原則に反することになります。

一方で、功利主義的な視点からは、その行為がもたらす結果に焦点が当てられます。本音を言うことで関係性が悪化し、自分や相手、周囲の人々が苦痛を感じる可能性が高いのであれば、本音を言わないことで全体の幸福や平穏が保たれる方が「善い」結果であると判断されるかもしれません。この場合、個人の正直さという内的な価値よりも、関係性全体の安定という外的な結果が優先されます。

また、徳倫理学の視点からは、「誠実さ」や「勇気」、「配慮」といった徳が重視されます。本音を言わないことが「誠実さ」を欠く行為であると同時に、関係性を維持するための「配慮」や、対立を恐れない「勇気」の欠如として捉えられる可能性もあります。しかし、本音を言うことで相手を不必要に傷つけるのであれば、それは「配慮」や「優しさ」といった徳に反する行為となりうるでしょう。

本音を抑えることの別の側面

本音を言わない選択が、結果的に自分自身を苦しめる可能性も考慮すべきです。心の中に不満や疑問を溜め込み続けることは、ストレスとなり、やがては関係性における不信感や溝を生む原因となることもあります。長期的に見れば、一時的な平穏が、より大きな問題へと繋がるリスクを孕んでいるのです。

また、本音を抑えることが、相手に対する誠実さを欠く行為と見なされることもあります。例えば、建設的な批判や異なる意見を伝える機会を逃すことは、相手の成長や改善の機会を奪うことにも繋がりかねません。この場合、本音を言わないことは、相手への「善意」や「配慮」ではなく、単に自己保身や関わりの回避として映る可能性も否定できません。

どのような「善」を目指すのか

人間関係における「本音を言うか、言わないか」という問いに対する絶対的な答えはありません。それぞれの状況、相手との関係性、そして自分がどのような「善」を目指すのかによって、最適な選択は異なります。

もし関係性の長期的な健全さを重視するならば、互いに正直な意見を伝え合える信頼関係を築くこと、そのために建設的な方法で本音を表現することを模索するのが「善い」方向性かもしれません。相手への配慮を忘れず、感情的にならずに、論理的かつ穏やかに自分の考えを伝えるスキルは、このような関係性を築く上で重要な要素となります。

一方、どうしても本音を伝えることが難しい状況や、伝えても状況が改善しないどころか悪化することが確実な場合、あるいはその関係性が一時的なものである場合などには、あえて本音を抑えることが、その状況下における「次善の策」として選択されることもあるでしょう。しかしその際にも、なぜ本音を言わないのか、その選択が自分や相手、関係性にどのような影響を与えるかを意識的に捉え直すことが重要です。

思考のヒント

人間関係における本音の表現について考えるとき、以下の点を自問してみることが、自身の状況における「善」を探求するヒントとなるかもしれません。

これらの問いを通じて、感情的な衝動や表面的な平穏だけでなく、より深いレベルで自身の価値観や関係性のあり方を見つめ直し、その状況における最善、あるいはより「善い」と思われる行動への示唆を得ることができるかもしれません。

人間関係における「善」は、単一の行動様式ではなく、多様な状況の中で自己と他者、そして関係性のあり方を深く省察し、選択を積み重ねていくプロセスの中に見出されるものと言えるでしょう。